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で生まれた乳首大好き野郎
基本プロフィール
名前 ウン・チー
年齢 38歳
階級 捨て駒
所属 庭園雲古軍
第 1大隊 第 14中隊 第ゴミうんこカス小隊
戦歴:500逃げ
好きなもの:左乳首
嫌いなもの:右乳首
口癖:俺に任せとけって
部下からの評価:っけぇ
タバコの銘柄:ピアニッシモ
庭園に来た理由 :農園の残党を狩りに来た
庭園での立ち位置 :恐るべき暗殺者
庭園での逸話 :ぷゆゆをビクッてさせた
一番後悔してること :ぽぽを信用してしまった
戦場に置いてきたもの :うんち
あだ名 :ていっち
一番どうでもいい特技 :右乳首を左乳首にできる
絶対やらないこと :うんこ
他小隊からの噂 :すごく臭い
枯山水で灯籠に核ミサイル発射した
🪖😠ウン・チーとは
ウン・チー(19XX年~)はジャケット(軍属記録)の消失などによって大部分が詳細不明の男だが、かつては農園の農奴であったとされる。
現在は庭園雲古軍に所属しているとされ、かつてウン・チーの部隊を生贄にした農園ぽぽ中隊長を抹殺するために国境線をうろついているという。
生い立ち
ウン・チーは故郷の消失とともに農園へやって来た、よくある農奴の1人だった。彼は日々のお芋の為に働き、通貨であるチューリップを後生大事にする普通の農奴だった。
夜な夜なかつての故郷の出来事を話す語り部農奴の話に耳をかたむけ、彼は日々薄れゆく故郷の記憶を脳に刻み込んだ。そしてそれは次第に、かつての故郷を桃源郷のように錯覚させる事になった。
彼は日々の重労働の中、いつか故郷から迎えがくると信じて長い農奴生活を送っていた。既に故郷は消滅し迎えなど来るはずがないのに、彼は軋む身体を動かしひたすら労働し続けそれが永遠に続くかと思われた。
彼に転機が訪れたのはこの農奴生活に嫌気が差し、脱柵を試みた時だった。かつての故郷である防弾3Gへの郷愁の念が肥大化した彼は、複数のぷゆゆを説得し脱柵を試みた。
彼は監視塔の職員に見つかり捕縛され、このまま檻に入れられるかと思いきや、ウン・チーと少しの仲間は、外部からの文化侵略や板への攻撃を防ぐ農園防衛軍懲罰隊に入れられることになった。
ちなみに農園防衛軍は脱柵を試みたぷゆゆを捕縛し、懲罰隊として編入していた事実は殆ど知られていない。相当な死者数がいたとされる。
脱柵を試みたぷゆゆが戻ってこないのはこういった出来事があったからと言われている。
懲罰隊時代
ウン・チーの懲罰隊時代の資料は農園の消失とともに無くなっており、彼がどの様な軌跡を辿ったかは不明だが、一部の彼を知る者たちからの証言がある。
懲罰隊に強制入隊させられてから、ウン・チーはひたすら理不尽とシゴキに耐え、頭だけのぷゆゆから身体を得たという。
ウン・チーは特段優れた能力があるわけでもなく、要領も悪く物覚えも悪く、体臭もかなり臭かったが特筆すべきはその生存本能だった。
第一次文化侵略戦争において、ウン・チーの懲罰隊は肉壁となるべく最前線へ送られた。この時、ウン・チーは訓練兵から新兵になったばかりであり、二等兵だった。
彼は地平を覆い尽くすケモナー軍勢に彼我の戦力差は圧倒的だと気付き、彼は直ちに小隊長に撤退を進言したが、それが敗北行為と見なされ最前列の機関銃陣地に鎖で縛られた。
ウン・チーは既に死ぬものとして扱われ、軍服や個人装備などを取り上げられ、彼に残ったのは裸の身体と大量の弾薬箱と機関銃、そして一本のタバコだったという。
そうして始まるケモナー軍の突撃準備射撃によって、農園懲罰隊の陣地は地形が変わるほどの被害を受け、その時点で相当な戦死者が発生していた。
この時農園懲罰隊は実戦経験の少ない新兵が多く、脆弱な塹壕と掩体が被害を大きくしたと言われている。
だが、ウン・チーの機関銃陣地は最も敵に近い所にあり、思ったよりも砲弾の影響を受けなかった。だが、これはウン・チーしか守るものが居ないということでもあった。
ある証言では壊滅した陣地は土煙と硝煙にまみれ、誰もがうめき声をあげて助けを求める中、霧の先で機関銃の音が響いていたという。
それがウン・チーが守っていた陣地かどうかは定かでない。
程なくして一方的な鏖殺によってケモナー軍勢は前線を突破。後方の本隊が戦うまでもなく講和が結ばれた。これにより、ぷにぷに大使が定期的に農園に訪れる体制が整ったとされる。
この戦いによってウン・チーは当然戦死したかと思われたが、戦後処理のため遺体を回収、肥料にするために本隊が戦場跡に前進してきた時、ウン・チーは1人機関銃陣地に佇んでいたという。
ウン・チーの顔は🥺ぷゆゆではなくなり、その頃から😠の顔になっていたという。彼がどうやって生き延びたかは定かではないが、地獄をくぐり抜け修羅になったことは確かだ。
その後、ウン・チーは形式上部隊に復帰したとされるが、懲罰隊出身者を本隊に入れられない為、捨て駒隊に入れられたという。配属先の捨て駒隊の面子からは地獄のぷにぷに戦争の生き残りとして一目置かれることになる。
捨て駒部隊時代
ウン・チーはそれから数々の戦いにその身を投じたが、結局は懲罰隊の生き残りであり、いわゆる捨て駒であったとされる。彼は常に最前線に配属され続け、その死を望まれた。
これには理由があり、懲罰隊出身の彼にこのまま生き残られると、農園防衛軍に不満を持っている捨て駒部隊が彼を英雄視し始め、反乱につながるかもしれないからだった。
しかしウン・チーと部下達は周囲の予想とは裏腹に必ず生きて帰ってきており、本隊の部隊員から賭けの対象になるほどだったという。上層部は彼に対して噂を流し、彼の求心力を削ごうとした。
その頃の彼の噂は多岐に渡った。味方を見捨てたクズ野郎、逃げ帰ってきた敗北主義者、逃げっぱなしの弱兵などなど。だが彼を慕う捨て駒隊の兵士からは変わらず厚い支持を得ていた。
この頃からウン・チーはていっちと呼ばれ始め、その名が定着していく。捨て駒隊の合言葉はていっちに着いて行けば生きて帰れるというものだったらしい。
ていっちことウン・チーはよく部下たちに「俺に任せとけって」と言い、生き残るための術を捨て駒隊に教え続けその教育に尽力した。
そうして実戦を繰り返した捨て駒隊は、本隊よりも強靭な戦力となりつつある中、中隊長が変わった。
新たな中隊長であるぽぽ大尉は、捨て駒部隊に対して非常に理解ある姿勢を持ち、彼らに信頼されるように振る舞っていた。捨て駒部隊の隊員は最初こそ疑っていたが、次第にぽぽ大尉を信頼しその指揮を信じていった。
ウン・チーもその1人であり、ぽぽ大尉を信頼し、多少無茶な戦いでもウン・チー率いる捨て駒隊は良く戦い、その存在感を示していったという。
しかし、ぽぽ大尉は本隊から勅命を受けてやって来た人物だったとは、
この時誰も気付かなかった。
裏切り
事件が起きたのはとある雷雨の日だったという。ぽぽ大尉が神妙な顔で部隊を集め作戦を伝えた。その内容はあまりにも無謀で犠牲が確実に出るであろう作戦内容だった。
ぽぽ大尉は悔し涙を流しながら、この無茶な作戦立案に反対して作戦変更を陳情したと言う。だが、それは受け入れられずぽぽ大尉はこの作戦が失敗に終われば自らが降格処分となることを言った。
ウン・チー他捨て駒隊員達はかなり動揺したと言われている。何故ならばここまで部隊に尽くしてくれたぽぽ大尉が降格されれば、次来る上官はきっと厳しい人物がやってくることは明らかだからだ。
これは軍隊のジンクスの「良いことの次は悪いことが来る」という考えに起因する。
各部隊長は自らの生き残りのため、そして自らの指揮官を守るため、その知恵を絞り作戦を遂行するための計画を練った。あらゆる条件を加味し捨て駒部隊は綿密な計画を立て、その計画をぽぽ大尉に共有した。
この作戦立案は、農園の消滅とともに丁寧に破棄されたらしく、その内容を今は知ることは出来ない。
ぽぽ大尉は必要な火力支援や物資の補給をできるだけ手配する事を捨て駒部隊に約束し、ついに作戦が実行される事となった。この時、捨て駒部隊は重い雰囲気に包まれていたという。
夜間の内に捨て駒部隊は陣地占領を完了し、機動力を確保するため軽装で攻撃部隊は徒歩での行進を開始した。既に敵の占領地域に侵入しているため、いつ攻撃を受けてもおかしくないと事前に説明を受けていたが、驚くほどスムーズに部隊は進軍したという。
後に行進は拍子抜けするほど何もなかったと生存者は語っている。捨て駒部隊は夜明け前に攻撃開始線に到達し、要塞への突撃の合図を待っていたと言われる。
本来突撃準備射撃によって敵の要塞線を破砕し、その混乱に乗じて地雷原を発破、突撃する予定であったが、砲兵の支援射撃は規定時間になっても行われなかった。
一部の記録では、砲兵部隊自体は当該時間帯に待機していたとされ、射撃中止命令が直前に下された可能性が示唆されている。
捨て駒部隊の部隊長は無線で本部のぽぽ大尉と連絡を取ろうとしたが返事は無く、予定されていた砲兵の支援も無く、誰もがおかしいと思った矢先、突如として捨て駒部隊は後方から攻撃を受けた。
部隊は大混乱になり、逃げるために目の前の地雷原に逃げ、爆散する者も多く居たと言われる。
無線は混線し状況を誰もが把握できない間、ウン・チーの部隊通信兵は必死に本部に撤退命令を求めていた。しかし進退窮まった部隊の逃げ道などどこにも無く、各部隊が敵を突破して必死に逃げる他なかった。
ウン・チーは通信兵から無線機を奪い取り、徹底抗戦と中央突破を叫んだと言われる。ウン・チーの部隊は退路を確保するために後方の敵に勇敢に突撃していったと、数少ない生き残りが語っている。
捨て駒部隊はウン・チーの部隊を頼りに突破を試みた。敵の銃撃に倒れた者は多く、捨て駒部隊はこの時半数以上犠牲を出していたと言われる。
捨て駒部隊が激しい戦闘をしつつ、敵の戦線を突破して後方の集結地に到着したときには1個中隊規模も居なかったと言われ、この奇襲攻撃がどれほど破滅的な被害であったかを物語る。
余談ではあるが、この後方からの攻撃については、敵勢力によるものとする説のほか、味方部隊による誤射、あるいは別命令系統下の部隊による攻撃であった可能性も指摘されている。
集結地にはぽぽ大尉の本部があるはずだったがもぬけの殻になっており、要塞線を占領した際の補給物資も何もかもが無くなっていたと言われている。
本部がいつ撤収したのかについては記録が残っておらず、作戦開始前であったのか、あるいは捨て駒部隊が攻撃を受けた直後であったのかは不明である。
部隊はもはや壊滅状態であり、各部隊長の協議によって作戦続行は不可能だと判断された。その間にも本部と連絡を取ろうとしていたが、未だにぽぽ大尉からの返事はなかった。
捨て駒部隊は着の身着のまま、食料もなく行進してきた道を不眠不休で戻っていった。その間にも負傷兵は命を落とし、脱落した兵も多かったと言われている。
ウン・チーはこの状況を生み出した本部を問い詰めようとし、無線で四六時中怒鳴っていたと周囲の兵は証言している。
捨て駒部隊の生き残り達が最初の出発地である、占領陣地に戻った時誰もが状況を疑ったという。
占領陣地には何も残っておらず、置いてきた物資も、装備も何もかも消え去り、命からがら生き延びた兵たちは皆膝から崩れ落ちたという。
占領陣地に物資が一切残っていなかった点については、「撤収が計画的であったことを示す」とする見方がある一方、「単なる補給失敗である」とする意見も存在する。
ウン・チーは無線に怒鳴る気力もなく、へたり込んでいたと仲間が証言している。
この時、ウン・チーが何を考えていたのかについては、証言が分かれており、怒りであったとも、判断を誤った自責であったとも言われている。
上層部の失踪と農園閉鎖
捨て駒部隊は
